Vol.3「 利他と利己のあわい 」

この四コマは逆からも読めます。

「利他」という言葉を見聞きする機会が増えたように感じます。
コロナ渦で他者への配慮が必要不可欠になった事もその理由の一つかもしれません。
広辞苑によると“自分を犠牲にして他人に利益を与えること、他人の幸福を願うこと”とあります。

私が「利他」について考えてみる時に思い出すのが、映画版「魔女の宅急便」の、
おばあさんがかぼちゃとニシンのパイを孫に贈るシーンです。
初めて観たのは小学生の高学年頃でした。
孫である少女が放つ「あたし、このパイきらいなのよね。」という心無いセリフに、
当時の自分は「こういう事、あるよな…」と、
愛想の悪い女の子の気持ちがうっすらと分かってしまい、居心地の悪さを感じたのを覚えています。
おばあさんの行いは一見、利他的と言えるかもしれませんが、
孫の反応を見ると、自己満足であるようにも映ります。
それは、利他的に見える行いも、受け手によっては利己的な行いにもなり得る
ということなのかもしれません。
極端な話、「利他」であるかどうかを決めるのは“私”ではなく、
“相手”の感じ方に委ねられているのではないか…。

 愛犬の散歩中、更に考えを巡らせてみる。
いや、でも待てよ。あの少女もいつまでも子どもじゃないよな。
成長の過程で、あるいはおばあさんが死んでしまった時に
初めて感謝の気持ちが湧いてきたとしたら…。
時の経過により、「利己」から「利他」に変化するというパターンもあり得るのでは…。

深い。難しい。分からない。
これ以上考えると深みに嵌りそう。

とりあえず散歩から帰ったらくろちゃんの背中を愛情込めて撫でてあげよう。
(いや、撫でさせてもらおう。)


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illustration,text /岡村ひろみ  
 古本と喫茶 おくたま文庫店主、原田治パレットクラブスクール11期生 
白洲正子と日本酒とラジオが好きです。